労働保険の年度更新で間違いやすい賃金集計とは?通勤手当・賞与・役員報酬の取扱いを社労士が解説
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労働保険の年度更新では、賃金集計の誤りに注意が必要です。通勤手当、賞与、役員報酬、休業手当、退職金など、労働保険料の対象となる賃金・対象外となる金銭の違いを社会保険労務士がわかりやすく解説します。
1. 年度更新で多いのは「賃金集計」のミス
労働保険の年度更新では、前年度の賃金総額をもとに確定保険料を計算し、あわせて新年度の概算保険料を申告・納付します。
令和8年度の年度更新期間は、令和8年6月1日(月)から7月10日(金)までです。申告書は、労働局・労働基準監督署への郵送のほか、電子申請でも提出できます。
年度更新というと、申告書の記入や保険料率に目が向きがちですが、実務上特に注意したいのが賃金集計です。
労働保険料の対象となる賃金は、給与明細の「基本給」だけではありません。手当、賞与、通勤手当なども含めて判断する必要があります。
一方で、退職金や実費弁償的な出張旅費など、賃金総額に含めないものもあります。
そのため、毎年同じように処理している会社でも、次のようなミスが起こることがあります。
- 通勤手当を集計から漏らしていた
- 賞与を賃金総額に含めていなかった
- 非課税通勤費を対象外だと思っていた
- 退職者の賃金を集計していなかった
- 役員報酬と使用人分賃金を区別していなかった
- 労災保険と雇用保険の対象者を同じ範囲で集計していた
年度更新の計算は、数字を入力するだけの作業に見えますが、実際には「どの金額を賃金総額に含めるのか」という判断が重要になります。
2. 労働保険料の対象となる「賃金」とは
労働保険料の算定基礎となる賃金とは、名称にかかわらず、労働の対償として事業主が労働者に支払うものをいいます。
厚生労働省の資料でも、賃金総額は、年度途中の退職者を含む労働者に対して支払われる賃金、手当、賞与その他名称のいかんを問わず、労働の対償として支払われるものとされています。
また、労働保険料の対象となる賃金は、税金や社会保険料などを控除する前の支払総額で判断します。
つまり、手取り額ではなく、給与明細上の総支給額をベースに確認する必要があります。
ただし、給与明細の総支給額に表示されているものが、すべて無条件に労働保険料の対象になるわけではありません。実費弁償的なもの、恩恵的なもの、退職を理由として支払われるものなどは、対象外となる場合があります。
3. 賃金総額に含めるもの
年度更新で賃金総額に含める代表的なものは、次のとおりです。
| 項目 | 取扱い |
|---|---|
| 基本給 | 含める |
| 残業手当 | 含める |
| 休日出勤手当 | 含める |
| 深夜手当 | 含める |
| 役職手当 | 含める |
| 資格手当 | 含める |
| 住宅手当 | 含める |
| 家族手当 | 含める |
| 通勤手当 | 含める |
| 賞与 | 含める |
| 休業手当 | 含める |
| パート・アルバイトの給与 | 含める |
| 年度途中で退職した人の賃金 | 含める |
特に注意したいのは、通勤手当と賞与です。
給与計算では、通勤手当の一部または全部が所得税上非課税になることがあります。そのため、年度更新でも非課税通勤費は除外してよいと誤解されることがあります。
しかし、労働保険料の賃金集計では、通勤手当は原則として対象に含めます。大阪労働局の資料でも、通勤手当は非課税部分も含むとされています。定期券や回数券など、通勤のために支給される現物給付も対象になります。
また、賞与についても、ボーナス、期末手当、一時金など、名称にかかわらず労働の対償として支払われるものは賃金総額に含めます。
4. 賃金総額に含めないもの
一方で、次のようなものは、労働保険料の対象となる賃金には含めない取扱いとなる場合があります。
| 項目 | 取扱い |
|---|---|
| 退職金 | 原則として含めない |
| 結婚祝金 | 原則として含めない |
| 死亡弔慰金 | 原則として含めない |
| 災害見舞金 | 原則として含めない |
| 私傷病見舞金 | 原則として含めない |
| 解雇予告手当 | 原則として含めない |
| 実費弁償的な出張旅費 | 原則として含めない |
| 実費弁償的な宿泊費 | 原則として含めない |
| 制服の現物支給 | 原則として含めない |
| 会社が全額負担する生命保険料 | 原則として含めない |
神奈川労働局の「労働保険料の算定基礎となる賃金早見表」では、休業補償費、結婚祝金、死亡弔慰金、災害見舞金、私傷病見舞金、解雇予告手当、実費弁償的な出張旅費・宿泊費、退職金などは、賃金に含めないものとして整理されています。
ポイントは、名称だけで判断しないことです。
たとえば「手当」という名称であっても、実費弁償的な性格が強いものは対象外となる場合があります。一方で、「祝金」という名称でも、恩恵的なものではなく、全労働者または相当多数に支給される性格のものは、賃金として扱われる可能性があります。
5. 通勤手当は非課税でも賃金総額に含める
年度更新で特に多いミスが、通勤手当の取扱いです。
所得税の計算では、一定額までの通勤手当は非課税とされています。そのため、給与計算上「非課税交通費」として表示されていることがあります。
しかし、労働保険料の計算では、通勤手当は原則として賃金総額に含めます。
たとえば、次のようなものは賃金集計の対象になります。
- 電車・バス代として支給する通勤手当
- マイカー通勤者への通勤手当
- 非課税限度額内の通勤手当
- 定期券を現物で支給している場合
- 回数券を支給している場合
「税金上は非課税だから、労働保険でも対象外」と考えてしまうと、賃金総額が少なく集計され、保険料の申告誤りにつながります。
年度更新の賃金集計では、給与ソフトから出力した一覧表に、非課税交通費が含まれているかを確認しておくことが大切です。
6. 賞与・一時金の集計漏れにも注意
次に注意したいのが、賞与や一時金の集計漏れです。
月例給与だけを集計して年度更新を行うと、賞与分が漏れてしまうことがあります。
年度更新では、4月1日から翌年3月31日までに支払った賃金を集計します。そのため、対象期間中に支払った賞与も含めて計算します。
たとえば、次のような支給がある場合は確認が必要です。
- 夏季賞与
- 冬季賞与
- 決算賞与
- 期末手当
- 一時金
- インセンティブ
- 報奨金
名称が「賞与」ではなくても、労働の対償として支払われるものは、賃金総額に含める必要があります。
特に、決算賞与や臨時賞与は、給与ソフトの通常の賃金集計表に反映されていないこともあります。年度更新前に、賞与台帳や支給一覧を確認しておきましょう。
7. 役員報酬は原則対象外。ただし兼務役員は注意
代表取締役や取締役に支払われる役員報酬は、原則として労働保険料の対象となる賃金には含めません。
労働保険は「労働者」を対象とする制度であり、役員としての地位に基づいて支払われる報酬は、通常は賃金とは扱われないためです。
ただし、注意が必要なのが使用人兼務役員です。
取締役であっても、部長、工場長、営業責任者などとして会社の指揮命令を受け、労働者としての実態がある場合には、役員報酬部分と使用人分給与を分けて考える必要があります。
この場合、労働者としての勤務に対して支払われる給与部分は、労働保険料の対象となる可能性があります。
たとえば、次のようなケースでは確認が必要です。
- 取締役営業部長として日常的に営業業務を行っている
- 役員報酬とは別に使用人分給与が支給されている
- 雇用保険に加入している兼務役員がいる
- 役員就任前から従業員として勤務しており、実態が大きく変わっていない
役員報酬と賃金の区分が不明確なまま年度更新を行うと、後日の調査で確認を求められることがあります。
8. 退職者の賃金も集計対象になる
年度更新では、年度途中で退職した労働者に支払った賃金も集計対象になります。
たとえば、令和7年4月1日から令和8年3月31日までの間に在籍し、その期間中に給与や賞与を支払った従業員がいる場合、その従業員がすでに退職していても、支払った賃金は集計に含めます。
退職者については、次のような漏れが起こりやすいです。
- 退職者を賃金集計表から除外してしまう
- 退職後に支払った最終給与を集計していない
- 退職月の通勤手当や残業代を漏らしている
- 退職者に支払った賞与を集計していない
給与ソフトで「在職者のみ」を条件にして集計してしまうと、退職者分が漏れることがあります。
年度更新では、対象期間中に支払った賃金を確認するため、在職者だけでなく、退職者も含めて集計する必要があります。
9. 労災保険と雇用保険では対象者が異なる
賃金集計で重要なのが、労災保険と雇用保険の対象者の違いです。
労災保険は、原則として、パート・アルバイトを含むすべての労働者が対象になります。
一方、雇用保険は、一定の加入要件を満たす労働者が対象です。具体的には、原則として、1週間の所定労働時間が20時間以上であり、31日以上の雇用見込みがある場合には、雇用保険の被保険者となります。
そのため、年度更新では、次のように分けて確認する必要があります。
| 区分 | 対象 |
|---|---|
| 労災保険 | 原則としてすべての労働者 |
| 雇用保険 | 雇用保険の加入要件を満たす労働者 |
たとえば、週10時間勤務のアルバイトは、労災保険の対象にはなりますが、通常は雇用保険の対象にはなりません。
一方で、週20時間以上勤務し、31日以上の雇用見込みがあるパート・アルバイトについて、雇用保険の資格取得手続きが漏れているケースもあります。
年度更新は、雇用保険の加入漏れを確認する良い機会でもあります。
10. 給与ソフトを使っていても確認が必要
給与ソフトを使っている会社でも、年度更新の賃金集計は自動で完全に正しく行われるとは限りません。
給与ソフトの設定によっては、次のような問題が起こることがあります。
- 非課税通勤費が集計対象から外れている
- 賞与データが集計表に含まれていない
- 退職者が集計対象から外れている
- 雇用保険対象者の設定が古いままになっている
- 役員や兼務役員の区分が正しく設定されていない
- 労災保険対象賃金と雇用保険対象賃金が同じになっている
給与ソフトは便利ですが、設定が誤っていれば、誤った結果がそのまま出力されます。
年度更新前には、賃金台帳、賞与台帳、雇用保険被保険者一覧、入退社者一覧を照合し、集計漏れがないか確認しましょう。
11. 年度更新前のチェックリスト
年度更新の賃金集計を行う前に、次の項目を確認しておくと安心です。
賃金項目の確認
- 基本給、残業手当、各種手当が集計されているか
- 通勤手当が非課税分も含めて集計されているか
- 賞与・一時金・決算賞与が集計されているか
- 休業手当が集計されているか
- 実費弁償的な旅費交通費と通勤手当を区別しているか
- 退職金や慶弔見舞金を誤って含めていないか
対象者の確認
- 年度途中の入社者が含まれているか
- 年度途中の退職者が含まれているか
- パート・アルバイトの賃金が含まれているか
- 雇用保険対象者と非対象者を区分しているか
- 兼務役員の取扱いを確認しているか
- 出向者・派遣労働者の取扱いを確認しているか
資料の確認
- 賃金台帳
- 賞与台帳
- 労働者名簿
- 雇用保険被保険者一覧
- 入退社一覧
- 役員・兼務役員の給与資料
- 給与ソフトの年度更新用集計表
このチェックを行うことで、年度更新の申告誤りを防ぎやすくなります。
12. よくある質問
Q1. 通勤手当は非課税分も賃金総額に含めますか?
はい。労働保険料の計算では、通勤手当は原則として賃金総額に含めます。所得税上の非課税通勤費であっても、労働保険料の対象賃金から除外するわけではありません。
Q2. 賞与は年度更新の賃金集計に含めますか?
はい。賞与、ボーナス、期末手当、一時金など、労働の対償として支払われるものは賃金総額に含めます。
Q3. 退職者の給与も集計しますか?
はい。年度途中で退職した労働者であっても、対象年度中に支払った賃金は集計に含めます。在職者だけで集計すると、退職者分が漏れる可能性があります。
Q4. 役員報酬は労働保険料の対象ですか?
代表取締役や取締役としての役員報酬は、原則として労働保険料の対象にはなりません。ただし、使用人兼務役員として労働者性があり、使用人分給与が支払われている場合には、その部分が対象となることがあります。
Q5. パート・アルバイトの賃金も集計しますか?
労災保険については、原則としてパート・アルバイトを含むすべての労働者が対象です。雇用保険については、週所定労働時間20時間以上、31日以上の雇用見込みなど、加入要件を満たす人が対象になります。
13. まとめ
労働保険の年度更新では、申告書の作成だけでなく、賃金集計の正確性が重要です。
特に、通勤手当、賞与、退職者の賃金、兼務役員の給与、パート・アルバイトの取扱いは、ミスが起こりやすい項目です。
通勤手当については、所得税上の非課税分であっても、労働保険料の賃金総額には原則として含めます。賞与や一時金も、労働の対償として支払われるものは集計対象です。
また、労災保険と雇用保険では対象者の範囲が異なるため、同じ賃金集計表をそのまま使うのではなく、それぞれの対象者を確認することが大切です。
年度更新は毎年の手続きですが、賃金集計を誤ると、保険料の過不足や後日の確認対応につながることがあります。
早めに賃金台帳や賞与台帳を確認し、不安がある場合は専門家に相談することをおすすめします。



