高年齢者の労働災害防止のための指針令和8年4月施行 | 事業者が取り組むべき5つの措置
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令和8年(2026年)2月10日、厚生労働省は「高年齢者の労働災害防止のための指針」を公示しました。同年4月1日から適用されるこの指針は、改正労働安全衛生法(令和7年法律第33号)の新設規定(第62条の2)を根拠とするもので、事業者に対し、高年齢労働者の特性に配慮した安全衛生対策への取り組みを求めるものです。
本記事では、指針の概要と事業者が取り組むべき具体的措置を解説します。
1 指針の概要
| 指針名称 | 高年齢者の労働災害防止のための指針 |
| 根拠法令 | 労働安全衛生法 第62条の2第2項(令和7年法律第33号による改正後) |
| 公示日 | 令和8年(2026年)2月10日 |
| 適用開始日 | 令和8年(2026年)4月1日 |
| 対象 | 高年齢者を雇用する全事業者(業種・規模不問) |
| 法的性格 | 事業者が講ずるよう「努めるべき」措置(努力義務) |
この指針は、「努めるべき措置」に関する指針(努力義務)として位置付けられています。ただし、高年齢労働者の労働災害は増加傾向にあり、厚生労働省は労働基準監督署の指導等を通じて取り組みの実効性確保を図るとしています。事業者としては、指針の内容を着実に実施していく姿勢が求められます。
2 なぜ今、高年齢者の労働災害防止対策が重要なのか
高年齢化の進展に伴い、職場における60歳以上の労働者の割合は年々高まっています。一方で、高年齢労働者の労働災害発生率は若年層と比べて高く、転倒・墜落などの災害が多いことが統計上も明らかになっています。
高年齢になると、筋力・バランス能力・敏捷性・視力・聴力・認知機能などが徐々に低下します。また、加齢とともに個人差が拡大するため、一律の対応では十分な安全確保が難しくなります。フレイル(虚弱)やロコモティブシンドローム(運動器の症候群)の進行なども考慮する必要があります。
こうした背景から、今回の法改正により事業者の取り組みを法的に根拠付けた上で、具体的措置を示す指針が策定されました。
3 事業者が講ずべき5つの措置
指針では、事業者が講ずべき措置として以下の5項目を定めています。各事業場の実情(高年齢者の就労状況・業務内容等)に応じて、優先順位をつけながら取り組むことが求められます。
| 番号 | 措置事項 | 主な内容 |
| 1 | 安全衛生管理体制の確立等 | 経営トップの方針表明・体制整備、リスクアセスメントの実施 |
| 2 | 職場環境の改善 | 身体機能低下を補う設備導入、高年齢者の特性を考慮した作業管理 |
| 3 | 健康・体力状況の把握 | 健康診断の確実な実施、体力チェックの継続的実施 |
| 4 | 健康・体力に応じた対応 | 個別の就業上の措置、適合業務へのマッチング、健康保持増進 |
| 5 | 安全衛生教育 | 高年齢者向け教育、管理監督者向け教育の実施 |
(1)安全衛生管理体制の確立等
① 経営トップによる方針表明と体制整備
高年齢者労働災害防止対策を組織的・継続的に実施するために、経営トップ自らが方針を表明し、取り組む組織や担当者を明確にすることが求められます。安全衛生部門が存在する場合は同部門が担当し、業種・規模によっては人事労務管理部門が担当することも考えられます。
② リスクアセスメントの実施
高年齢者の身体機能低下等による労働災害リスクについて、ヒヤリハット事例なども活用しながら危険源の洗い出しを行い、優先順位を検討します。リスク低減措置は次の優先順位で検討します。
- 危険な作業の廃止・変更等(設計・計画段階での危険除去)
- 手すりの設置・段差解消等の工学的対策
- マニュアル整備等の管理的対策
- 身体負荷を軽減する個人用装備の使用
小売・飲食・社会福祉施設等のサービス業など、リスクアセスメントが定着していない事業場では、他の事業場の好事例を参考に、まず職場の課題を洗い出すことから始めることが現実的です。
(2)職場環境の改善
① 身体機能の低下を補う設備・装置の導入
指針では、共通的な対応として以下の設備改善が求められています。
- 通路を含めた作業場所の照度確保、照度が極端に変化する場所の解消
- 階段への手すり設置、通路の段差解消
- 滑りやすい箇所への防滑素材(床材・階段用シート)の採用、防滑靴の利用
- 墜落制止用器具・保護具等の着用徹底
また、聴覚・視覚への対応(中低音域の警報音の採用、パトライト等)、暑熱環境への対応(涼しい休憩場所の整備、ウェアラブルデバイスの活用)、重量物取扱いへの対応(補助機器の導入、アシストスーツ等)、介護作業への対応(リフト・スライディングシートの導入)なども具体的に示されています。
② 高年齢者の特性を考慮した作業管理
筋力・バランス能力・敏捷性・感覚機能・認知機能の低下等を考慮し、作業内容等の見直しを行います。
- 短時間勤務・隔日勤務・交替制勤務等の勤務形態の工夫
- ゆとりのある作業スピード・無理のない作業姿勢に配慮したマニュアルの策定・改定
- 複数作業の同時進行や優先順位の判断を伴う作業の負担の考慮
- 重量物の小口化・取扱回数の減少等による腰部負担の軽減
- 身体的負担の大きな作業への定期的休憩の導入
(3)高年齢者の健康や体力の状況の把握
① 健康状況の把握
労働安全衛生法に基づく雇入時・定期健康診断を確実に実施します。産業保健スタッフが結果の意味を丁寧に説明するなど、高年齢者が自身の健康状況を把握できるような取り組みが望ましいとされています。
② 体力の状況の把握(体力チェック)
高年齢者を主な対象として、体力チェックを継続的に行うことが望ましいとされています。具体的には次のような方法が示されています。
- フレイルチェック等、加齢による心身の衰えを確認するツールの導入
- 転倒リスクを確認する身体機能セルフチェック、オンラインツール、質問紙等の活用
- 事業場の作業ルールに合わせた独自の体力チェックの実施
なお、体力チェックの評価基準を設ける場合は、職務内容に照らして合理的な水準に設定する必要があります。また、体力に関する情報は健康情報として適正に取り扱う必要があり、労働者本人の同意取得方法や情報の取扱い方法を安全衛生委員会等を活用してルール化することが求められます。
(4)高年齢者の健康や体力の状況に応じた対応
体力チェックや健康診断の結果を踏まえ、個々の高年齢者に応じた就業上の措置を講じます。
- 脳・心臓疾患リスクを踏まえた労働時間の短縮、深夜業の回数の減少、作業の転換
- 産業医等の意見を聴いた上での業務内容・労働時間の見直し
- 個々の健康・体力状況に応じた業務とのマッチング(ワークシェアリングの活用も含む)
- 疾病を抱えながら働き続ける高年齢者への治療と就業の両立支援
就業上の措置を実施する際は、高年齢者本人と十分な話し合いを行い、了解を得るよう努めることが重要です。また、健康管理部門と人事労務管理部門との連携も必要です。
(5)安全衛生教育
① 高年齢者に対する教育
法定の安全衛生教育(雇入れ時教育・特別教育等)を確実に実施するほか、以下の点に留意した教育が求められます。
- 写真・図・映像等を活用した、わかりやすい教育(十分な時間をかけること)
- 再雇用・再就職で未経験の業種・業務に従事する場合の丁寧な教育訓練
- 高年齢者自身が身体機能の低下を自覚し、体力維持・生活習慣改善の必要性を理解するための教育
- 「危険と感じられない場所での転倒」への注意喚起
- 危険予知訓練(KYT)・VR技術を活用した危険体感教育
- ITに詳しい若年者と経験豊富な高年齢者がチームで働く機会の設定
② 管理監督者等に対する教育
高年齢者の特性と安全衛生対策について、管理監督者や共に働く各年代の労働者への教育も求められます。加齢に伴う労働災害リスクへの対策、脳・心臓疾患発症時の救命講習・緊急時対応教育なども含まれます。
4 事業者が活用できる支援策
指針では、国・関係団体等による以下の支援策の活用を促しています。
- 厚生労働省・労働災害防止団体・JEED(高齢・障害・求職者雇用支援機構)による取組事例の活用
- 中央労働災害防止協会・業種別防止団体等による専門家コンサルティングの利用
- 産業保健総合支援センター・地域産業保健センターによる健康管理支援の活用
- 高年齢者が安心して働ける職場環境整備を支援する補助金等の活用
- 職域保健と地域保健の連携推進協議会、健康保険組合等との連携
5 実務上のポイント
(1)まず「リスクアセスメント」から始める
指針の5項目を一度に全て実施することは難しいため、まずリスクアセスメントを実施して優先順位を明確にすることが実務上の出発点となります。ヒヤリハット事例の収集から始め、リスクの高いものから順次対策を講じる計画を年間推進計画として策定することが望ましいとされています。
(2)産業医・産業保健スタッフとの連携
体力チェック結果や健康診断結果を踏まえた就業上の措置を講じるには、産業医等の意見が不可欠です。常時50人未満の事業場であれば地域産業保健センターの活用も有効です。また、健康・体力情報を人事労務管理に活用する際には、個人情報保護の観点から安全衛生委員会等での手続きを経てルール化することが重要です。
(3)人事労務管理との一体的な取り組み
高年齢者の労働災害防止は、安全衛生管理だけの問題ではありません。勤務形態の工夫(短時間勤務・ワークシェアリング等)、業務内容のマッチング、治療と就業の両立支援など、人事労務管理と連携した取り組みが不可欠です。社会保険労務士への相談を通じて、就業規則や労働条件通知書の整備、高年齢者雇用安定法への対応と一体的に進めることをお勧めします。
まとめ
「高年齢者の労働災害防止のための指針」(令和8年4月施行)は、改正労働安全衛生法を根拠とした初の高年齢者向け安全衛生指針です。①安全衛生管理体制の確立、②職場環境の改善、③健康・体力の把握、④状況に応じた対応、⑤安全衛生教育の5つの措置について、事業者は各事業場の実情に応じた取り組みが求められます。
高年齢者の活躍推進と安全確保の両立は、今後の企業経営における重要な課題です。取り組みの進め方や就業規則・労働条件の整備について、お気軽に当事務所までご相談ください。



